人間の楽しさとは「超楽」である。
楽しみを超えた楽しさのことだ。

もし、超楽でなく大楽であれば、相対の小楽がある。
ところが超楽は、なぜかわからないけども、
唯々楽しさが込み上げてきてしかたがない。

この超楽には、相対を必要としない。

これぞ、自我を超えたよろこびそのものであって、
自分だけでなく周りの人たちにも与えられる
清浄な心の現れなのだ。

福永法源 ブログ