自分は苦悩するために、この大宇宙の中に生かされているのか?
お金がないことに委縮し、家庭が円満でないことに不満を抱き、自分の望みがかなえられないと不平をもらすために生かされているのか?

それら苦悩をうみだしている根本は、そもそも人生で起きる諸問題を解決できないことを苦とおもっている自分があるということだ。

それは自分で生きていると思い込み、その自分のために生きようとするこだわりにあるからだ。

まさに人間の苦悩の源「自分」で生きていると思い込むことから生じた結果である、ということになる。

人間は決して自分で生きているのではなく、大自然に生かされていることに気付くことだ。

人は自分で生きていると思うところから息詰まる。

どのような人間であれ、大自然のルールに逆らってい生きていくことはできない。

空気がなければ窒息してしまうし、水がなければ干しあがってしまう。ましてや太陽がなければ凍え死ぬしかない。

すべては大自然のふところの中で生かされているのだ。

この「大自然に生かされている」という生きとし生けるものの真のよろこびは、法則に沿った道を歩む事で体感でき、その繰り返しによって不動のものとなる。
それゆえ自分へのこだわりから起きる苦悩もなく、無条件に心臓が動かされていることに限りない感謝とよろこびがわく、まさしくこだわりがなくなった状態といえる。

その感動は、いつのまにか自分一人のものとせず、一分一秒が途方もなく貴重な人生を使って、一人でも多くの人に伝えたいおもいとなって表れていく。

福永法源 ブログ