何をして生きていくか

最近、特に気になっていることがあります。
それは、日本人がみんな、暗い顔をしていることです。
どう生きればいいのか分からず、途方に暮れて、胸にぽっかりと開いた空洞を抱えながら、右往左往しているのかもしれません。
あるいは、お金とか地位とか名誉などで、なんとか胸に開いた穴を埋めようとしているようにも見えます。

毎年この時期になると、就活の二文字がメディアをにぎわせます。
期待と不安が入り交じりながらも、希望に胸ふくらませ、進路を探し求める若者たち。どうせ同じ人生を送るのなら、本当に満足できる仕事に就き、それに人生を賭けたいと思っていることでしょう。
のちに、「自分にはもっと別の生き方があったのではないか」「もっと燃えて生きるような人生がなぜ送れなかったのか」「なぜ仕事に生きがいが感じられないのか」などと思わずにすむためにも。

かつて私は、紆余曲折を経て大手電機メーカーで働いていました。
それが、22歳のときだったか、なぜか無性に駆り立てられるものがあって、思い切って独立しました。その理由を探そう探そうと思っても、見つかりません。あるのは、「このままではいけない」という気持ちだけでした。それは実に漠然と、悶々としたものでした。
独立といえば聞こえが良いものですが、もちろん、世間はそう甘くありません。そこから想像だにしなかったいばらの道が待ち受けていました。
この苦労話は別の機会に譲りますが、何の計画性もなく給料日の三日前に辞めたこともあり、ポケットにはわずか120円しかない。でも、そのうち38円を使って客もまばらな銭湯にザブンと浸かったときの爽快感は、生涯忘れることがないでしょう。
今にして思えば、このときに味わった「これから何でもやれる!」という生きる意欲が、のちの福永法源としての活動を支え続けてきた気がします。思い出すほどになつかしいです。

自分の二本足で、しっかりと立っていますか。
なにも独立しろとは言いません。むしろ集団に属して、組織であることの利点を活かして自分自身を完全燃焼させている人はたくさんいます。
これまで数えきれないほど多くの相談を受けてきましたが、一人として例外なく、誰もが個性をもち、オリジナリティにあふれています。
特に若い方々には、自分自身の直観に素直にしたがって、自分を信じて、その先に待ち受けているものを決して恐れず、歩んでいってほしいという願いがあります。
もちろん、それによって人並み以上の苦労がともなうことになったとしても。

天職という言葉はもう聞き慣れてしまいましたが、人間、毎日「何をして生きていくか」ということは、言うまでもなくとても大切なことです。

今、胸に手を当てて、自分の人生を生き切る世界が無限に広がるイメージを持ってください。
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