誰でも、どんな立場の人であっても、日々の生活の中で、人から悪口を言われたり、中傷を受けたりすることがあると思います。
言っている人がまったくの誤解からそうしたと、後からわかっても、言われている時は苦痛に思ったり腹が立ったりすることでしょう。
ましてや、根も葉もないことや、針小棒大に、面白おかしく陰口を言われたりすることは、かなり精神的にこたえることでもあります。
それを気にして悩む人たちも、大勢いることでしょう。

悪口を言っている人は、そうすることで自分自身の気持ちが良くなったり、ストレスが解消されたり、人を悪く言うことで自分が良い人間になったような気がして言っているのかもしれません。

学校でも、職場でも、家庭生活の小さなコミュニティでも、陰口を言ったり、人を中傷する人にはこと欠かないものです。

あなたはそんな時、我を忘れて怒ったりしてはいませんか。
腹を立てたり、悩んだりしてイライラすることは、かえって相手の術中に陥ってしまうことになります。
仮に相手を口で攻めて、こらしめることができたとしても、それに使った時間や精神的な損害は莫大なものになります。
それに、このような相手を言い負かすことは、ほとんどできないでしょう。

だから、たとえ悪口を言われたり中傷されたりしても、「一切気にしないでいられる自分」であることが肝心なのです。あなたが気にしたり、悩んだり、イライラするだけで、相手は、うまくいったとほくそ笑んでいるかもしれません。

何を言われても、それを気に病まなくてすむ自分、無関心でいられる自分になることが、とても大切なことなのです。

考えてみれば、そもそも、あなたが悪口を言われるということは、あなたがその人よりも優位に立っている場合が多いのですから、そのような、自分よりも劣っていると思われる人と喧嘩するなんて、無意味なことだとは思いませんか。
あなたのことを悪く言うことは、その人が、あなたを優秀だと認めてくれたのだと思えば、それでいいではありませんか。

えてして私たちは、自分よりも弱い存在だと思われる犬や猫や小鳥の陰口は言わないものなのですから。

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