喜びが溢れる春。
春は四季の中でも、希望と夢に輝く季節です。
心地よい暖かい風が気持ちを高め、草木花々の景色が穏やかな心を誘います。

よく、長年の恋が実ったり、受験に合格したりすることを「春が来た」と表します。
長くて辛い孤独の時を必死に耐え、努力や苦労を積んで、ようやく花開かせることができたというような意味で使われる言葉です。
それだけ、春を迎えるためには厳しい季節を越えなければならないのです。

厳しい季節とは、己が試される精進の時です。
人生とは移り変わる季節と同じで、辛く厳しい冬の寒さを耐え、人として成長することができたときに、初めて暖かい春のような生き方ができるようになります。
辛く苦しい出来事など、誰しも経験したくないものです。
だからといって、すべてがお膳立てされたような、恵まれてばかりの人生が決して人を豊かにするわけではありません。

物事がうまく進んでいる時に、おごり高ぶるようであれば、次第に周囲から人々は離れ、いつしか孤独になることでしょう。
苦しさや辛い経験を経て、ようやく人は周りの人の有り難みを知ることができ、感謝することができるのです。
人に感謝できるようになると、自然と人が集まり、いつしか大きな力となってくれるのです。

苦労を知らない人は、人としての本当の幸せをまだ知らない人なのかもしれません。
人の痛みをなかなか理解できず、つい自己中心的になり、たとえそれが本意でなくともたくさんの人を傷つけてしまうことだってあります。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」と言われますが、苦労を重ねた分だけ経験や考え方の引き出しが増え、物事を円滑に進めることができるようになるのです。
苦労している当時は大変辛いものですが、後々は人としての大きな財産となるのです。

苦労を多く知る人は他人を悪く言いません。
また、自分の善を語ることはありません。
その誠実さが、自分をさらに幸せな道へといざなってくれます。
苦労を知らない人ほど不平不満が多く、人を責めることをし、自分の活躍を公にしようとするのです。

冬の凍て付く寒さのような辛く苦しい時期を経験したことで多くのことに感謝が生まれます。
どんなに小さな喜びでも、どんなに小さな優しさでも、ありがたく大切に感じることができます。
かけがえのない親がいること、きょうだいがいること、友人がいること、人生の伴侶がいること、子どもがいること、生きる場所があること、そして何より、今を生かされる命があること。

どれも当たり前ではありません。
その一つひとつに感謝をすることで、やっと暖かい喜びに溢れた春のような心持ちを知ります。

季節は巡ります。
熱く想いを馳せる夏、物事を深く思量する秋、そして再び寒さに耐える冬を経て、人生は豊かな春を迎えることができるのです。

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