「地鳴りのような音とともに、津波が一瞬にして町を飲み込んだ」
罹災した人々が口を揃えて言うこの恐怖は、当事者でなければ決して想像することはできないでしょう。

わが国周辺での観測史上最大の地震が引き起こした、千年に一度ともいわれる大津波が襲来し、早いもので丸6年の月日が経ちます。
この大天災が残した壮絶な爪痕は、私たちの想像をはるかにしのぐものとなり、1万数千人にものぼる死者を出しました。行方不明者も数千人におよび、避難生活での震災関連死も未だなお増加の一途をたどっていると聞き及びます。

まるで戦災に遭ったかのような惨状は、もう一つの大きな脅威を生みました。
福島県の原発事故は、目には見えない放射能という恐怖とともに、当時はその行く末を全世界が注視したものでした。
「宇宙空間から眺める日本列島の夜景は、地球上で一番輝いている」とさえ言われたわが国で起きた「想定外」の原発事故を境に、湯水のように使ってきた電気は否応なく使用制限がなされ、技術立国としての信用や安全神話が覆されたものです。

震災に打ちひしがれた当時、国内では被災地を思うあまり、誰が言い出したか、「今、私たちにできること」という合い言葉が生まれました。
未曾有の大惨事を目の当たりにした日本人に、かつてなかったほどの一体感が生まれたときだったと記憶しています。

そんなさなか、救援のため被災地に赴いた方々からは、一様にこんな言葉が聞かれました。
「被害に遭った人たちを思えば、私たちは命があるだけ幸せだし、自分たちはもっと頑張らなくてはという気持ちだけだった」
また、被災した人たちからは、「私たちのために頑張ってくださって、本当にありがとう」と何度も声をかけられたそうです。
己がどんな苦境に立たされていても、人間というのは、なんと心優しく温かいものでしょうか。
その優しさ、温かさとは、人間ならば誰しもが持っているはずです。

ところが数年経ったいまの現実を見てみると、諸々のしがらみにより復興の立ち遅れを招いているだけではなく、原発事故などのために避難生活を余儀なくされている人への深刻ないじめが次々に発覚しているといった事態には、ただ胸を痛めるばかりです。

喉元過ぎても、熱さを忘れないでほしい──。
いま、しみじみそう思うのです。

同じ国の中で甚大な被害が出ているにも関わらず、震災とは縁遠い地で暮らす人々は、その惨状をつい忘れがちですが、被災者一人ひとりの切なさ、わびしさ、悔しさは決して癒やし切れていないということを、どうか思いやっていただきたい。
今日、このときも、被災した方々は未だ心安まらぬ日々が続いているのです。

未曾有の天災に打ちひしがれた日本を、これからさらに力強く復興させてゆかねばなりません。
「今、私たちにできること」とは、被災した方々を思いやりながら、日々を精いっぱい生きること。己のなすべきことに命を燃やし、己が輝ける場所を見つけて、活躍し、皆が元気に明るく生き抜くことこそが、わが国に好況をもたらし、それがきっと被災地の方々にも届くことになると信じてやみません。

大地震で亡くなられた方々に哀悼の意を表し、被災者が一人でも多く元の生活に戻られることを願い、決して風化させてはならないこの震災の記憶を懸命にたどりながら、3月11日、皆さんと一緒に、慎んで黙とうを捧げました。

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